美味しい時間

「つ、作りにくいんだけどなぁ……」

「気にしない、気にしない」

気にするってば……。と言うか、気になってオムライスどころではない。
それでも作らなきゃ離してくれそうもないしなぁ。
腰のあたりに集中してしまっている気持ちを、無理やり手元に切り替えた。

「定番のオムライスと、とろとろ玉子のオムライス、どっちがいい?」

「もちろん定番」

分かったと頷くと、卵を取りに冷蔵庫に向かおうとして、それを制止される。
課長が手を伸ばし冷蔵庫から卵を取り出すと、キッチンに置いた。
抱きしめられたまま顔だけ後ろに振り向くと、「ありがとうは?」と言わんば
かりの偉そうな顔をして微笑んでいた。
それがちょっと不満で口を尖らせると、チュッとキスされる。
ちょっと驚いて、ちょっと嬉しくて、顔を元に戻すと、照れ隠しで手の動きを
速めた。
フライパンの隣ではコンソメのスープの中で、野菜たちがコトコトと踊ってい
る。もう少しで出来上がりそうだ。
チキンライスを大きな器に移すと、ささっとフライパンを洗う。キッチンペー
パーで水分を拭き取ると、火にかけた。
卵をボールに割り入れて軽く解す。フライパンが温まったのを確認すると、そ
れを一気に流し入れた。ジュジュッと音を立てて、卵が丸いフライパンに広がっ
ていく。
ここからは手早さが重要だ。
卵が半熟状態になったら、一人分のチキンライスを形を整えながら中央に乗せ
る。そしてフライパンをきちんと握り直すと、柄の部分をトントンと叩きなが
らチキンライスを卵で包んでいった。

「へぇ~、上手いもんだな」

「これも母直伝」

少しだけ得意げにそう言うと、腰を抱いている腕に力が込められた。

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