美味しい時間

「慶太郎さん、痛いっ」

弾かれたところを摩っていると、体温計が口に当てられた。

「早く」

……はい、分かりました。諦めて口を開く。
慣れない事ばかり強要してくるんだもん……。いきなりじゃどんな反応していいのか困っちゃう。

体温を計りながら、肩が触れ合うほど近くにいる課長をそっと見上げる。

「はぁ……。そんな顔して。俺を誘惑してるとか?」

「な、何言ってるんですかっ!」

「自然にその顔かよ。反則だぞ、それ」

反則? 別にそんなつもりじゃなかったんだけど。
意味が分からずきょとんとしていると、少しだけ困ったような顔をした。

「会社で俺がどれだけ我慢してたか……。分かるか?」

何が? 分かんないよっ!!

「お前の笑顔見る度、力ずくでも俺のものにしたいっていう衝動を抑えるのに、どれだけ苦労したと思う」

「そんなの分かんないですよっ。いつも仕事をどっさり与えられるだけなけなのに……」

分かるはずない。私には優しい笑顔を見せてくれなかったんだから……。
< 74 / 314 >

この作品をシェア

pagetop