その両手の有意義な使い方
「フミカさんのテリトリーは守りが堅いね。きちんと『ここまでが自分の領土。そこからは誰も入っちゃダメ』って身構えている」

気紛れのように、文佳の頬に指を近付ける。

肩をびくつかせ、身を竦めた文佳の肌いちまいの狭間でやはり、高遠は触れない。

「フミカさんが話さなくても、フミカさんが希まないことを俺は知っている。俺は、フミカさんが嫌がることなんて絶対にしない。『絶対』だよ」

繰り返して、高遠は立ち上がった。

びくん、と身体を震わせた文佳に、高遠ははっきりと顔を歪ませる。

「だから、俺を信用して。俺が他の誰かと同じことなんて絶対にしないって、信じてよ」

「あ…」

凍り付いた喉から、小さな息をもれる。

高遠の言葉が、強張った身体に染み込んでくる。

嬉しい、と思う。首から上をつかさどる理性では。

だけど、本能ではやっぱりまだ怯えている。

殴られるのも―嫌われるのも怖い。怯えるだけの意味がある、起こりうることだと思っている。

結果、いまの文佳は両手で自分の身体を抱き、無意味にうつむくばかりだった。

どれほどの時間、そうしていたのか。

―高遠が、深い溜め息をはいた。

「取り敢えず、今日はフミさんが部屋に入れてくれたことで満足する。本当は、それもダメだと思っていたから」

玄関に歩いていく高遠の足音。
ふと、それが止まる。

「俺は、フミさんが好きだよ。それだけは信じて」

スチールの玄関扉が閉まる、重い音がした。
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