遠い窓
「遅れてすみません。」
「……悠!」
外観の洒落た店だった。
僕と母さんじゃとても入れそうにない、敷居の高い店だ。
入る前、窓ガラスに映った自分の姿に愕然とした。
店に入ると、僕を見つけた母さんが駆け寄ってきた。
同じテーブルにいるのは、これまた洒落たスーツに身を包んだ、見知らぬ男だった。
母さん、なんでそんな流行遅れなワンピース着てきたんだよ。
「君が悠くんかな?はじめまして、幸子さんと同じ職場の石田と言います。」
聞きなれない低い声が、優しく鼓膜をくすぐった。
「山井、悠、です…。」
「うん、座って座って。」
勧めるままに僕は母さんの横に腰をおろした。
ちょうど太ももの辺りに、こないだ付けてしまった歯みがき粉のあとが残っていて恥ずかしくなった。
「その制服、南高校のだね。ずいぶん賢いお子さんだ。」
石田さんの端整な顔がふにゃりと緩んだ。
直感で、優しい人なんだと思った。
「そんなことありません、僕なんて、まだまだです…。」
上手く言葉を紡げなかった。
歯みがき粉のシミをぎゅっと握る。
そのときだった。
「悪い親父、電車が遅れちゃって……。」
「学人、遅れるなら連絡くらいよこしたらどうだ。」
頭の上で、石田さんによく似た声がした。
見上げるとそこには、これまた石田さんによく似た端整な顔がもうひとつあった。