遠い窓
「今日はこれで失礼します。」
「ごちそうさまでした。」
店を出たとき、すでに辺りは暗くなっていた。
貧乏な僕たちは、母さんが見栄を張ってタクシーで帰ろうとしたけど、僕が必死に止めて歩いて帰ることになった。
「なぁ母さん。」
慣れないヒールを履いた母さんは、時折かかとでガリッとアスファルトを引っかきながら歩いていた。
無理してんだろうな。
「僕、賢いお子さんだってさ。」
私立の名門だもんな。
それに加えて超の付く金持ち学校。
たかがこんな制服ひとつで、人生の明暗が決まるんだね。
たまったもんじゃない。
「笑えるよね。ガリ勉して、奨学金のためだけにここの学校選んだのに……出来た息子さんね、僕。」
けたけたと笑っていると、背後で母さんの足音が止んだ。
「幸せになんなよ、母さん。母さんには、幸せになる権利がある。」
石田さんはきっと優しい人だから、そう付け足して振り返ると、母さんは泣きじゃくっていた。
僕は向き直ってまたゆっくり歩きはじめた。