【短編】カフェ・モカ
重い体を“cafe・sunset”まで引きずってくれるのは、嫉妬という名の鉄の意志。

ではなく、断わりきれない優柔不断さと約束をすっぽかせない生真面目さだ。

店に近づくごとにため息が出てしまう。

キミの彼女が性悪女でありますように。

そしたら、性悪女に文句の一つでも言ってやろう。

目を覚ませ、とキミにも言ってやろう。

キミの彼女が可愛くありませんように。

そしたら、キミを褒めてやろう。

あたしは自分を慰められるから。

紅く色づいている街路樹たち。
落ちた葉を、パリッと踏みしめてついに辿りついた。

“cafe・sunset”の看板犬が尻尾を振ってお出迎えしてくれる。

ラブラドールレトリバーのフランソワーズ。

いつもは天使みたいなこの子が、今日は地獄の門番みたいに見えてしまう。

腕時計は3時8分を指している。8分の遅刻だ。

「また、あとでね。」

人懐っこくあたしの足の周りをぐるぐる回るフランの顎を撫でて、重い扉を引いた。

< 12 / 37 >

この作品をシェア

pagetop