窓際のブラウニー
修羅場は一度だけ。
ラブホテルから出ると、車の前に彼女が立っていた。
まだ少し濡れた髪を触りながら、私は夫の後ろに隠れた。
「ちょっと!!どういうつもりよ!人の男に手、出すんじゃないわよ」
どこか冷静で、自分に起こっている出来事のように感じなかった。
「もう、お前とは別れたい。すまないが、帰ってくれ」
夫は、すがりつく彼女の手を振り払い、車のカギを開けた。
彼女は助手席に乗り込んだ。
私も気が弱い方ではなかった。
助手席のドアを開け、彼女の腕を掴んだ。
「ここは私の席です。」
そう言って、彼女のカバンを引っ張った。
助手席から転げるように外で投げ出された彼女は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら叫んだ。
「いやーーー!!愛してるの…!!!!」
この時、私は何も声が出せなかった。
私も愛してる、と言えなかった。
正直、『負けた』と思った。
夫を巡る奪い合いには勝ったが、夫への愛は、負けていた。