窓際のブラウニー
「彼は真面目すぎるんです。私も何度も言ったんですけどね。雪子さんは許してくれるってね。彼も男だ。恋をしても雪子さんは悲しまない。」
マスターは、いつもとは違うカップにコーヒーを注ぎ、私の前へ置いた。
「私、結婚しているんです。」
マスターは、知っていたよ、と優しく笑った。
「もし、彼が来たら、何か伝えておこうか?真千子さんは、まだ彼を愛しているんでしょう。」
マスターは何もかも知っていた。
誰にも言っていない私の心の中の気持ちまで知っていた。
「また会いたい…でも、それは許されないんです。だから、彼には幸せになってくださいと伝えてください。」
一瞬、
頭をよぎった恐ろしいこと。
夫と離婚して、
綺麗な私になって、田所さんに再会したい…
でも一瞬にして、その想いは消えた。
自分で消した。
捨てることができない。
夫もお義母さんも、
心のどこかで愛していた。
それを全部捨ててまで、
再会できるかどうかわからない田所さんを待つことは出来ない。