窓際のブラウニー
息を切らした田所さんは、少し恥ずかしそうに呼吸を整える。
彫りの深い顔が、もっと深くなる。
「田所さん…どうして?」
私は、目の前にいる田所さんから目を離す事ができなかった。
私の為にバスを降りて、私の元へ走ってきてくれた彼を
さっきよりももっと愛しく感じている自分に気付く。
「どうしてだろう。僕にもわかりません。でもね、真千子さんの姿を見つけた時、僕は何も考えずに体が動いていた。あなたのそばに今いるべきなのは、僕しかいない。」
メールでは親しく話していたが、顔を見てこんな話をするのは初めてだった。
田所さんは、やっと笑ってくれた。
「話しますか!いい店あるんですよ、この近くに」
田所さんは、仕事を放棄してここにいることを忘れているかのように、
穏やかに、自然にそう言った。
そして、さり気なく私の背中に手を回し、道路の内側へエスコートしてくれた。
たったこれだけのことがこんなにも嬉しい。
自分を大事にしてくれているんだと感じることができる。
ほとんど車の通らない細い道に入っても、彼は常に私を気遣ってくれた。
車のよく通る道でも、こんな風に扱われたことはなかった。
自宅から10分の距離。
誰に見られているかわからない。
近所の奥さんや、息子の同級生のお母さんなど、誰に見られているかわからない危険な場所にも関わらず、私は何も怖くなかった。
別に誰に見られても構わないとさえ感じていた。