。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
「お前が無事で良かったよ」
会長は俺の肩をぽんぽんと軽く叩くと、ぎこちない笑顔を浮かべた。
エレベーターが閉まろうとしていて、「会長、お話が」俺は事務的に言って会長の腕を取り、廊下に降り立った。
そのときに丁度、会長付きの女の秘書が通りかかった。
濃いグレーのパンツスーツにトレードマークの赤いフレームのメガネを掛けている。そのメガネの淵を持ち上げて俺たちを無表情に見上げる。
「会長、お出かけですか?お車は―――…」
「いや。出かけるのはやめた」
と会長がそっけなく言うと秘書はぺこりと頭を下げ、奥の給湯室―――と言うには結構な規模でまるでキッチンと言っていいほどの小部屋に入っていく。
「先に会長室に戻ってください。私は少し用がありますので」
何の用なのかは聞かずに会長は小さく頷くと、
「早くしろよ」とだけ言い置いて、会長室の扉の向こう側へ消えた。
俺は秘書の後を追ってキッチンの扉を開けると、背中までの髪を優雅に揺らして秘書が振り返る。
コーヒーを淹れている最中なのか、会長用のウェッジウッドのカップが出されていた。
「お邪魔しちゃったかしら」
秘書はそっけなく言って腕を組む。
俺は顔をしかめて、それでもそれに対しては何も言わなかった。
「コーヒーをもう一つ追加だ。それから、調べて欲しいことがある」
「業務命令だったら聞かないわ。私はあなたの秘書じゃなくて、会長の秘書なの」
秘書はそっけなく言って、つんと顔を逸らす。
「何を怒ってるんだ」
「怒ってなんかないわ」
秘書は肩を軽く竦める。だけど思いなおしたのか、すぐに眉間に皺を寄せるとメガネをゆっくりと取り外した。
もともと度が入っていないメガネだ。取ったところで何の支障もきたさないだろう。
「ええ、怒ってるわ。あなたは私と仲良くするよりも、会長と仲良くしてるほうが楽しそうだもの」