。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
今度は俺の方が苛立って腕を組んだ。
「今はそれどころじゃないんだ。嫌味なら今度たっぷり聞いてやる。だから―――」
不機嫌に言う俺の言葉を遮って秘書が一歩前に出る。俺の目の前に立つと小柄な彼女は少しだけ背伸びをして腕を伸ばした。
俺の頬を挟み、強引に唇を押し付けてくる。
「やめろ、今はそれどころじゃ…」
と抗議するもの、彼女の行動に嫌な気もしない。
秘書は俺の首に腕を回してきて、俺もそれ以上は何も言わず彼女の腰に腕を回す。
何度も角度を変えて口付けを交わす合間に彼女の甘い吐息を感じた。
唇を離すと、俺は彼女の頬に手を這わせてその顔をじっと見据えた。
普段はメガネを掛けているその顔は一見して地味に見えがちで、いかにもデキる女お堅いイメージがあるが、
メガネを取り外すとかなりの美人であることに気付く。
「子供たちのお守りが大変そうね。それとも会長のお相手?」
秘書は嫌みったらしく俺を見上げて、口元に淡い笑みを浮かべる。
口元に色っぽいほくろがあるが、その笑顔を余計に妖艶に見せる。
「今更何を言い出すんだ」
「そうね、今更よね」
そう、俺たちの関係は―――ここ数日からと言うわけではない。
もう二年ほどになるか。だが、俺たちは“恋人同士”と言う関係ではない。
たまに食事をしてベッドをともにするだけの―――“大人の”関係だ。
そこに愛情なんてない。
彼女も俺に対して愛情なんて抱いてないだろう。
付き合いや結婚を迫られたことは一度もない。都合の良い女―――扱いしてるわけではないが、
感情が絡むのは、どうも苦手だ。
“また”失うことを考えると―――その先の一歩をどうしても踏み出せない。