。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
あたしが袖を引っ張ったことで玄蛇の腕が露になり、黒いタンクトップから見えた白い肌が目に入った。
雪のように白いその肌は、きれいな筋肉がついていて決して貧弱には見えない。
その片方の二の腕の内側に―――蛇のタトゥーが彫られていた。
長さにして十センチぐらい。
背中には、こいつの“今”の名前の一部である彫り物を背負っているのに―――
捨てたはずの名前の紋を纏って、
まるで「忘れないため」と言っているように―――……
玄蛇がサングラスをゆっくりと外した。
サングラスの奥の瞳は目尻が下っていて一見して優しそうに見えるのに、きりりとつりあがった精悍な眉が不思議な色気をかもし出している。
その瞳の色は―――まるでアメジストのようなきれいな紫色をしていた。
いえ、実際には燃えるような赤色をしているのだけど、日本人が持つ黒色の色素が赤い色と混ざり合い、不思議な紫色を生み出しているのだ。
別に驚くことでもない。はじめて見たわけでもないし。
玄蛇は元々メラニンの合成に支障をきたす遺伝子疾患、いわゆる“アルビノ”だ。
毛髪はプラチナブロンド、皮膚は抜き出るような乳白色である。
そして瞳の虹彩は淡青色をしているが、眼底の血液の色が透け光の反射で見事なまでの紫色を形成している。
この疾患を持つ人間の出現率は極稀で、女優のエリザベステイラーは虹彩の色が非常にまれなヴァイオレットをしている話は有名だが、玄蛇のそれはそれよりも深く、そして鮮やかだ。
それを隠すために普段は髪を黒染めにして、黒いコンタクトを着用してるってわけ。
肌の白さなんて何とでも言い逃れられる。色白だと言えばそれで終わり。
玄蛇はその紫の瞳であたしをじっと覗き込むと、あたしの頬をそっと手で包んだ。
覆いかぶさって片方の腕を拘束する手は結構な力なのに、反対側のその手付きは思いのほか優しかった。
そのことが逆にぞっとする。
「私たちの間に、最初から信用なんてなかっただろう?」
玄蛇がそっと問いかけてきて、微笑んだ。