。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
夕食時にも戒は現れなかった。様子を見に行ったユズが
「あいつ疲れてて食欲ないって言ってやしたよ。よっぽど階段から落ちたことがショックだったのかぁ?」
とユズも不思議がっていた。
戒―――……
ごはん大好きなあいつが体調不良でもないのに夕食を断るなんてはじめてのことで、
戒抜きの夕食が、何だかすごく寂しく思えて、あたしもあまり箸が進まなかった。
夕食を終えて後片付けが終わると、キョウスケが外出着のまま台所をちょっと覗いてきた。
「お嬢、俺ちょっと出かけてきます」
「出かけるって今から?」
時計を見ると夜の21時過ぎ。
「今日中には帰ってくると思いますので」
相変わらずの無表情で、まるで業務連絡をするみてぇに報告してきたキョスウケに
「ど、どこに行くの?」
と思わず聞いちまった。
いつもは「出かけてくる」発言に「分かった」と答えるだけなのに。
キョウスケは無言であたしを見下ろし、あたしは慌てて手を振った。
「いやぁ!おめぇだってプライベートがあるしな。悪かったよ」
「……いえ」
キョウスケは小さく頷いて、だけど結局行き先を告げることはなかった。
いつも通り口数の少ないキョウスケが玄関に向かう。
あたしはそのあとを何故かとことこついていった。
「…バイクで行くのか?」
「…いえ。雨が降ってきたみたいだし、車庫にバイク取りに行くのが面倒なんで。電車で。
だから終電には帰ってきます」
いつものマイペースで答えながら、キョウスケはスニーカーに足を入れる。
(ちなみにバイクのときは編み上げブーツ)
玄関のあがりがまちに腰掛け、スニーカーの紐を結んでいるキョウスケの細い後ろ姿を見て、
「きょ、キョウスケ……」
あたしはキョウスケの名前を呼んだ。