。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
あたしは近くの椅子にかけてあった薄手のトレンチコートを手にした。
「気が変わったわ。
あんたの言う通り探りに行ってあげる。
あんた響輔がどこにいるか知ってるんでしょ?送ってって」
あたしはトレンチコートに腕を通すと、
「その格好で?」と玄蛇が楽しそうに口元を歪める。
玄蛇は下卑た想像であたしをからかってきたけれど、それもきっと計算のうちだろう。
あたしが「会いにいく」と言い出すことに仕向けるために。
「時間がないのよ。この数時間後に大事な撮影控えてるんだから」
「まぁその格好なら?簡単に入れそうな場所に居るが」
玄蛇は楽しそうに笑って私の腰に手を回し、前を促す。
外国の紳士がエスコートするみたいなスマートで嫌味のない動作に、あたしは「ふん」と顔を逸らした。
―――
玄蛇の運転する車に揺られ、あたしはその間無言で車の窓から外の景色を眺めた。
玄蛇の車、はじめて乗ったかも。
「あんた意外にまともな車乗ってるのね。趣味の悪いクラシックカーにでも乗ってるかと想像してた」
車はフォードのエクスプローラ。4WDの左ハンドル。
「仕事柄、実用性を第一に考えるんでね。君のフェラーリは美しいが、私の稼業には向かない」
「あっそ。ってかどこに向かってるの?」
玄蛇の話なんて興味がないあたしは短気にそう聞いた。
玄蛇がちらりとこちらを見て、ニヤリと口を吊り上げる。
「君が望む
死に場所さ」
ちょうど信号で止まっていて、その横に大きなガラス張りのビルが建っている。
そのガラスに玄蛇のエクスプローラが映り出されていて、真っ黒で大きな車体が―――
まるで死神が操る馬車のように見えた。