。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅲ・*・。。*・。
「―――渡さへんで…」
低く呟くと、響輔が無言で振り返った。
こっちを挑発するようなあからさまな表情を浮かべていないが、こいつの無表情が癪に障る。
こんなときまでも―――ポーカーフェイス浮かべやがって。
お前の余裕ってやつかよ。
その横っ面、思い切り殴り飛ばしてやりたい。その高い鼻をへし折ってやりてぇ。
「聞こえんかったんか!?お前にあいつを渡さへんて!」
俺は拳を握ると、響輔の頬を目掛けて振り上げた。
俺の右ストレートをこいつは、避けようと思えば避けれたはずなのにそれをしなかった。
ドンっ!!
俺に殴られて、その衝動でで響輔がよろけて戸に背を打ち付ける。
その勢いで立て付けの悪い戸ごと響輔が廊下に倒れた。
戸が壊れるぐらいだ。結構な力だったと思う。
ガタガタっ!
派手な音をたてて、近くにいた組員たちがぎょっと目を剥く。
朔羅も偶然近くに居たのか、驚いたように目を開いて息を呑み、口元に手をやっていた。
俺に殴られた響輔は口元を手の甲で乱暴に拭い、無言で俺を睨みあげてくる。
その唇の端に生々しい赤い血が―――浮かび上がっていた。
俺は組員が居るのも一瞬忘れて、
「おらっ!もう一度言うてみぃ」
俺が響輔の腹に一発蹴りを入れると、響輔が腹を押さえて小さく呻いた。
「お、おいっ!!メガネ!何やってんだよ!」
ユズさんが顔を青ざめされて駆け寄ってきて、
「キョウスケっ!大丈夫か!」と壱衣さんが響輔を助け起こす。
俺はユズさんに腕を掴まれていたが、それを乱暴に振り払った。
俺がこんな暴挙に出たのをはじめて目の当たりにして驚いたのか、ユズさんがびっくりしたように目を開く。
そのときだった。
バサッ!
急に視界が白く染められて、
「おめぇ何やってンだよ!!」
朔羅の怒鳴り声を聞いた。
はっとなって我にかえると、朔羅は俺の肩に大きめのバスタオルを被せて、俺の両腕を後ろから掴んでいた。
掴む―――…と言うより必死に抱きしめられてるって感じだ。
俺の体を包むように抱きついている朔羅は少しだけ震えていた。
「おめぇ何やってんだよ……」
震える声でもう一度聞いてきて、でも抱きしめるその力は結構なものだった。
「こんなほとんど裸で…紋が見られたらどういい訳するつもりだよ」
誰にも聞こえない小声で言われて、
俺は朔羅のこの行動の意味がようやく分かった。
我にかえって辺りを見渡すと、ユズさんと壱さんは困惑したようにおろおろしていたし、
響輔は口元を押さえて俺からふいと視線を逸らす。
朔羅のお陰でどうやら紋には気付かれていないみたいだが。
朔羅は―――
目を吊り上げて、
「ほら。ちゃんと体拭いて着替えてきな。喧嘩は組ン中じゃご法度だ」
と少しだけ声を低めて、俺を脱衣場に押し込めた。