いつまで経っても
 幼馴染み殿は滅多に表情筋を動かさない。幼少時は今より多彩な表情をみせていたが、度々モデル業を強要されるようになってからは乏しくなっていった。昨今では少なくなった硬派な雰囲気が売りの珍しいモデルとして名を馳せるほどに。
 奴としてはせめてもの反抗だった…と、思わないでもないが、その能面っぷりが私に性格を把握させない一因である事は言うまでもなく、コヤツのファンいわくそこが一番の魅力らしい。
 喜怒哀楽、感情の種類は問わず反応させたくなるそうな。逆効果なのか良かったのか…どのみち人気は出ていたんだろう。


 で、今の反応は…どの感情からだ?


 私は、鷹のように鋭い眼差しを向けてくる幼馴染み殿の様子を窺うが――やはり、さっぱりわからない。

 視線を交わせば交わすほど、逆に見透かされているような錯覚に陥る。奴の目力は静謐でありながら心奥まで届きそうな力強さがあり、私の細い目から発せられる貧弱な目力では到底敵わない。いつだって呑み込まれ、吸い込まれてしまう……とわかっているので、今も早々に勝利を諦め逸らさせていただく。


奴は明後日の方角を向く私の視線を追った後、っ…と音の無い小さなため息を吐いた。

「ふ~ん?久し振り、ねぇ……何されるか訊きもしないで了承するか。言っとくけどお前が考えてる事は見当違いだから。でも前言撤回は受付ない。お前が抗おうが俺は約束を果たす……せいぜい協力してくれよ?」


――ん?約束?見当違い?


 どうやら、また私は理解できていなかったらしい。のはともかく…繰り返しになるが、幼馴染み殿と今日何かするといった約束を交わしていた覚えはない。


「約束してたっけ?ごめん、忘れてた。どんな約束だったっけ?」

 先に謝っておくのが私の処世術である。店を任されクレームの対応を一手に引き受けるようになってからは、低姿勢を心がけるようになった。無茶苦茶な言いがかりには、決してこちらの非を認める発言はしないが、こちらに非がありそうな場合は先ず、誠心誠意謝るに限る。

 身に染み付いてしまった条件反射が発動し、無意識に営業スマイルを浮かべようと口輪筋や笑筋やらが収縮しだしたのだが――








 ムニュン
 ガシッ
 ガバッ
 ちゅるん
 ずるちゅる
 くちゅ
 レロ
 ペロ
 ペロン…








…と、私の厚い唇と丸い舌が奴の薄い唇と尖った舌に咀嚼され、阻まれてしまった。

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