いつまで経っても

お腹空いたの？

　吃驚して口を閉じようとするも私の両腕を頭上で一纏めに拘束し、自由になった奴の片手が私の顎関節を掴んでいて動かせない。


　て、手早すぎるだろ…


　奴は呆然としている私を鋭い眼光で見下ろしたままさらに私の口腔をすっぽり包み、舐め、食む。

　歯列の滑らかさを確認するように舌で口内をくるんと一回りすると、上へ逃げる私の舌裏を舌先でなぞる。

｢んんっ｣

　くすぐったくて鼻から息が抜けた。
　私が呻いたにも関わらず、奴は器用に舌先を舐め合わせつつ私の唇の弾力を確かめるように薄い唇をふにふにと動かす。

　仕事後、お店で試食兼夕食を摂り歯磨きを終えたばかりの私はリップクリームを塗っていない。潤いの少ない私の唇に奴の唇が擦れ、微かな摩擦熱が生まれる。

…………生温い？


　数分前まで外気にさらされていた私達の唇は、初めどちらも冷たかった。口内の熱を分けあう内に温度を上げ、平温と同程度まで温まったようだ。

　互いに唇を温めあい、舌はおいかけっこを繰り返す。ミントガムでも噛んでいたのか、奴の舌から爽やかな香気が漂い、容赦なく流し込まれる透明な液は、まるで気付け薬のように私を刺激する。


　？
　前にも同じ事を経験したような気が…


　そうだ。あれは小学4年の遠足時、うっかり足を滑らせ滝壺に落ちてしまった私を幼馴染み殿が救助した際、人工呼吸され、意識を取り戻して最初に感じたのは唇に触れる生温さとミントの香りだった。
　あの時も奴は眉ひとつ動かさず、完璧な処置をしてくれたらしい。弱冠小学4年生にして、大人顔負けの行動力を見せつけたのだ。

――何を隠そう奴は、小学3年生の時にも風呂場で溺死しかけている私を助けた経験があったからね……うん。経験は強みだ。

<<ペロッ　レル　レロん>>

　なら、今、私の口腔内外を咀嚼している幼馴染み殿は――私の恩人が成長した姿であるところのコヤツは、何を思ってこの様な行動をとったのだろう？

　経験からすると救命処置なのだが…今必要な状態ではない。ポッチャリ体型だけど私はいたって健康体だ。…やはり、私の経験は役に立たんな。

<<ちゅる　くちゅ　くちゅ>>


　罰ゲームか？王様ゲームに参加した覚えはないのだが。それに奴はゲームで負けた事がないはず。

　私の事が憎すぎて食べようとか…する訳無いな。腹が減って何でも良いから口に含みたくなったとか？

　夕飯ぐらいご馳走するから…行動で示す前に言葉で伝えてほしかったな。