あの夏。あの君は。
秋。
転校。
まだまだ残暑が続く9月頃。
私、中島千恵は
親の都合で地元三重から東京へ転校することになった。
家族は
サラリーマンの父、
専業主婦の母、
大学2年の姉と
高校2年の私。
ごくごく普通の
家庭に生まれた私。
顔も普通。
勉強も中の上。
取り柄といったら、
専科目の成績が
良いってくらい。
大きな家具が
退かされ、
空っぽになった自分の部屋を眺め、すーっと大きく息を吸った。
「千恵ー、出るわよー」
…と玄関から母親の声が聞こえる。
「わかった、今行くよ」
私は田舎人にとっては憧れの地、東京に引っ越すのは胸がわくわくしていたが、窓から三重の景色を改めてみると寂しい気持ちも少しはある。
玄関を出て、
白いワゴン車に乗る。
車内ではいつもと同じ、両親が好きなジャズのCDがかかっている。
あとから姉の真世も乗ってきた。
「お姉ちゃん、東京行ったら何したい?」
なんとなく頭に浮かんだ疑問を問う。
「さあね。あたしは友達作るよ、きっと」
「そうなんだ…」
「てゆうか、あんた学校の友達とか大丈夫なの?急に転校とかになって…」
正直、学校の話は聞きたくない。
私は幼稚園児みたいにムスっとした表情をした。
「お姉ちゃんには関係ないでしょー。あっちで友達作るし」
「あっそ。ま、いいけど」
そう言うと、
真世はiPodに繋がれたイヤホンを耳にかけ外側に顔を向けた。
白いワゴン車は
エンジンの音をブルンと鳴らすと、田んぼと山に囲まれた長い道を走り始めた。