オノマトペ
和音がコンクールに出なかった期間、拓斗は兄以上に努力を重ねた。

兄が果たせなかった留学も、先に行ってしまおうと思えるくらい前を向いて頑張った。

けれど……。

どんなに練習を重ねても、どんなに名声を手に入れても、どこか満たされなかった。

何故だろう。

妙な違和感を覚えながら練習を続けていた拓斗は、長く休んでいた兄が再びヴァイオリンを始めた姿を見て戦慄を覚えた。

僕は“本物”のレプリカなのだ、と。

どこか満たされていなかった理由に、やっと気づいた。



同じ家で練習をしながら、花音はまた別の音色を奏でる。

性別も感性も違うから、と言われればそれまでだが、2人の奏でる音に拓斗は追い込まれた。

あまりにも兄を心酔する拓斗には“個性”がなかった。……致命的欠陥だと思った。


──今ならば、それも立派な“個性”であるのだと、思うことが出来るのだけれど。

兄の背中を見てばかりの自分に、今以上の可能性は見いだせなかった。


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