オノマトペ
階段を下りてすぐ。

防音設備が整っている練習室のドアの向こうからは、微かにバイオリンの音色が響いてきた。

「……シャコンヌだ」

ドアをノックすることも忘れ、拓斗と花音はその音色に聞き惚れる。



──J.S.バッハの『無伴奏バイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調BWV1004』より、シャコンヌ。

単旋楽器であるバイオリンを和声的に奏するため、重音の箇所が非常に多い。

それに旋律を弾きながら同時に伴奏もするので、三重音、四重音がザラにある難曲だ。

冒頭部分の和音(わおん)とリズムをどう弾きこなすかが鍵となるのだが。

張力の高い現在の弦ではどうしてもアルペジオ気味に弾くしかなく、譜面から訴えられる作曲者の想いを忠実に再現しようと思うと、最初の小節だけで著しく気力を消耗する。

逆に、そこをクリアに弾ければ、観衆を一気に音の世界へと引きずり込むことが出来る。

和音にはそれが出来る。

多くのバイオリニストたちが一生かかっても弾きこなすことは困難だとされているものを。


無論、最初から弾けたわけではない。

幼い頃から積み重ねてきた努力あってのことだ。

< 38 / 287 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop