桜花舞うとき、きみを想う


父は昨年10月、明治神宮外苑競技場の学徒出陣壮行会を見に行った。

その日は雨で、家に帰った父がびしょ濡れの体を手ぬぐいで拭きながら呟いた。



『礼二も20歳になったら、幸一のように戦地に行くことになるだろう』



幸一というのは、この度の学徒出陣で召集されたぼくの兄だ。

父は壮行会で行進した愛息の晴れ姿を見ても、ちっとも嬉しそうではなかった。



兄は、大学を卒業したら父が勤める会社に入社する予定だった。

長男だから当分は徴兵もないだろう、と父は言っていた。

そこへ飛び込んできた、学徒出陣の発表。

『せめて結婚させてやりたかった』

そう漏らす父の背中は、寂しげだった。



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