桜花舞うとき、きみを想う
ぼくの家族は、つくづく戦時向きではない。
兄の戦死がわかって以来、家の空気は一変し、とりわけきみの明るい笑い声が響かなくなった。
こんなに暗い正月を迎えたのは初めてで、毎日が葬式のようだった。
息の詰まる日々に嫌気がさしたぼくが、居間でごろごろ寝転がって、
「あーあ、新しいエノケンの映画でも見に行きたいな」
なんてことをうっかり口にしようものなら、たちまち母の雷が落ちた。
「あんたって子は、もう来週には出ていかなくちゃならないってのに呑気なことばっかり言って」
こうなるとぼくは、そらきたと起き上がって、自分の部屋へ逃げ込むのが日課になっていた。
正月くらい、呑気なことのひとつやふたつ言ったっていいじゃないか。
そんな愚痴をこぼしながら避難先の部屋の襖を開けると、そこには珍しい光景があった。
縫い物をしていたのだろう、裁縫箱が開けっ放しになっているその横で、きみが正座のまま、こくりこくりと船を漕いでいたのだ。