桜花舞うとき、きみを想う
会議室にひとり残されたぼくは、長椅子から立ち上がることなく、しばらく窓の外を眺めていた。
春らしい霞がかった空は平和そのもので、静けさに包まれた部屋で佇んでいると、戦争の真っ只中であることなど嘘のように感じられた。
(やれやれ、出征前の威勢はどこへやら、だ)
敵兵に痛い目見せてやると意気込んだあの日、ぼくは少なからず異常な状態だった。
それに気がついたのは、兵舎での生活が始まってからのことだった。
顔を強張らせ、命など惜しくはないだの鬼畜米英だのと血気盛んに騒ぎ立てる同胞たちを、異様だと思ったのだ。
彼らは、自分たちが人殺し要員として教育されていることがわかっていないと思った。
そのとき、ふと、神社から駅へ向かうときの自分が脳裏に蘇った。
そして、あのときの自分は彼らと同じだと知ると同時に、反戦感情が強いぼくでさえもそういう気にさせてしまう時代の流れに、恐怖を感じた。
今回の申し出は、そんな場所から抜け出す絶好の機会といえた。
受けない理由はどこにもなかった。