桜花舞うとき、きみを想う


「……そのときの磯貝さんは、カルピスのことが秘密事項だと知らなかったのではありませんか」

磯貝さんをかばいたかったわけではないが、これまで親切にしてくれた人のことを、とっさには悪く思えなかった。

けれど、宮崎さんはそれを否定した。

「きみのような新人はともかく、異動で配属になった兵には、必ず最初に説明がある。そもそも磯貝に説明したのは俺自身だから、知らないとは言わせないよ。わざと言いふらしているんだ」

「でも、どうして磯貝さんが、仲間を陥れるようなことをするのですか」

「大方、自分の評価を上げたいんだろ」

宮崎さんの語気が少し強くなり、怒りが込められているのが伝わってきた。

その後ろに、ときどき見え隠れする磯貝さんの意地の悪い顔が浮かんで見えた。

「仲間を言葉巧みにそそのかし、自分はそ知らぬ顔をして彼らの評価を下げるのが磯貝の目的だろうと、俺は思っている」

上官たちの間で仲間の印象が悪くなれば、問題を起こしていない磯貝さんの評価は自然と上がり、磯貝さんにとって過ごしやすい環境が手に入るというわけだ。

軍艦生活に辟易した若い兵の中に、ときどきこういうことをする者が現れるという。

中にはそんな思惑に乗ってしまう上官もいるが、宮崎さんは、自分はそうではないと断言した。

「俺が事情を聞いた数人は、口を揃えて磯貝の名前を出した。中園に、磯貝に気をつけろと言ったのは、そういうことだよ」



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