桜花舞うとき、きみを想う
ぼくの怪我の具合は、医者の見立てどおりたいしたことはなく、全身を海面に打ち付けた際の打撲と、磯貝さんに締められた首の痣があるという程度で、往診に来た医者は、奇跡だと連呼した。
「もっと動けるようになったら、近所を案内して差し上げるわ」
日に日に回復するぼくに、あるとき素子さんは言った。
「とは言っても、わたしもあまり詳しくはないのだけれど」
キラキラと鈴の声でいたずらっぽく笑う素子さんは、きみとはどこか違う可愛らしさがあった。
「ありがたいけれど、動けるようになったら部隊に戻らなくては。のんびりしている暇はないよ」
「部隊って、だけど礼二さん、その部隊が今どうなっているかご存知なの」
「知らないけれど、近くにあなたの父上が働いておられる基地もあることだし、行けば何かわかるだろうさ」
「まあ。呑気なのね」
素子さんは同年のぼくに親近感を抱いたのか、旧知の友人であったかのように接してくれた。
東京から鹿児島に来て、気心の知れた友人がいなかったことも大きかっただろう。
ぼくも彼女のおかげで、久しぶりに心安らぐ時間を過ごしていた。
ここは、戦争中であることを忘れさせるほど、のどかな場所だった。