ひとまわり、それ以上の恋
帰宅してすぐお給料明細を母に見せたあと、仏壇に報告した。
「……お父さん、私、初めて好きな人ができたの。すごいのよ。びっくりしちゃうかも。お父さんと同じぐらいの年の人……」
今日までの一ヵ月を振り返って、私はため息をつく。
「でも、どうして市ヶ谷さんは、お父さんの命日を知ってるんだろう? 私に申し訳ないって、年の差のせい? お父さんだったら……同じように言ったりする? お父さんはお母さんを選んだんだから、そんなことはないの分かってるけど」
線香の煙がゆっくりと霞んでいく頃、人の気配を感じて振り返ると、母が顔色を変えてこちらを見ていた。
「やだ、お母さん、どうしたの?」
「あなた、市ヶ谷さんって……言わなかった?」
「……いやだ、聞いてたの」
「聞いてたって、いつもあなたがお父さんと話をしているのは聞こえているもの」
「そうだけど……」
この年になって聞かれると恥ずかしいものだ。
「市ヶ谷さんは、プライマリーの副社長で……」
「知っているわ。まさか、あなた本気で好きとか……言わないわよね。ダメよ、迷惑をかけるようなこと」
母の言葉には冗談が感じられなかった。即、知っている、と言いながらも何かを隠しているような素振りに首を傾げる。
「ねぇ、お母さん。市ヶ谷さんは……どうして命日を知ってるの?」
「それは……お父さんの知り合いだったからよ。亡くなったときも一番に駆けつけてくれたのよ」
母はそれだけ言って、視線をふっと逸らし、お父さんの前に座って手を合わせた。
「お父さんの……知り合い?」
なんの接点もありそうにないのに、一体いつの……。
だけど母はそれ以上のことを教えてはくれなかった。とにかく父の知人で、亡くなった時に一番に駆けつけてくれた――ただ、それだけで。