ひとまわり、それ以上の恋
父の命日は仕事だったので、私は半休をもらってお寺を訪れることにしていた。母は仕事が終わってから兄と一緒に来ると言っていた。
お寺近くの花屋を訪れて、頼んでいた花束を受け取った。ピンクや白の撫子をたくさん入れてもらった。撫子は、嵯峨菊と共に、父の生まれである京都をあらわす花でもある。
それからこれからの季節の京都なら三室戸寺の紫陽花庭園が好きだった。七月には祇園祭に連れていってくれる、と約束したきりだった。
当時のことを振り返りながらお墓まで歩いていくと、線香が白く煙っていて、花束が供えられていた。
そこに背の高い人がいる――誰とも間違えようのない人が。
「市ヶ谷さん……」
彼は振り返り、慈愛に満ちた瞳で、私を捉えた。
私は花束を抱く腕に力をぎゅっと込めて、近づいた。
「来てくださってたんですね。ありがとうございます」
まずはお礼を述べて頭を下げた。
「この間、聞きそびれてしまったんですけど、失礼ですが、市ヶ谷さんは父とはどういうお知り合いなんでしょうか」
「まずはお父さんに挨拶をしてから、それから話をしよう。せっかくの花束なんだから」
そう言って、市ヶ谷さんは手伝ってくれた。
「これは撫子か……綺麗だね。君が頼んだの?」
「はい。父がとても好きだった花です。母にプロポーズをしたときにあげた花だとかで……」
「そう……」
市ヶ谷さんの目尻がやさしく下がる。
一緒にお墓の前で手を合わせた。それから市ヶ谷さんは車で来たらしく、私は助手席に乗せてもらった。
二人きりになって向けられる視線にドキリとすると、市ヶ谷さんはハンドルに寄りかかりながら、お墓の見える方へ視線を移した。何かを打ち明けようとするような雰囲気に、緊張が高鳴った。