ひとまわり、それ以上の恋
「僕が、京都出身なのは知っているだろ?」
 返事すらまともに出来ない。頷くので精一杯だ。

「君のご両親、由美《ゆみ》さんと拓海《たくみ》さんは京都で知り合って、結婚した。由美さんのお腹の中に君のお兄さんができて、それから二人は東京に出て行ったんだ。その話は聞いている?」

「母が……京都生まれだということは知っています」

 父はアパレル商社『オールトレイズ』に勤めていて、仕事の関係で出逢ったって聞いていた。母は今もオールトレイズで働いている。

 私の知らない話が出てきて、頭の中が混乱してる。そんな私とは正反対に、市ヶ谷さんは顔色ひとつ変えることなく、お墓の方を見て、思い出話を淡々と喋っていた。

「由美さんは近所の呉服屋の娘さんだったんだ。僕は幼い頃から中学生になるまで由美さんを慕っていた。初恋の人だったんだよ」

 初恋という言葉に、胸が詰まる。市ヶ谷さんと母の関係は、一体どういうものだったのだろう。そして父とは……。

「拓海さんは、ご両親の転勤で京都の高校に通うようになったそうだよ。由美さんがアルバイトをしていた喫茶店で知り合った。東京に憧れていた由美さんの心を拓海さんが攫っていった……といえばいいかな。それから、二人はかけ落ちするように東京に出て行った。同時に僕の失恋が決定した――と」

 そこまで喋って、市ヶ谷さんはようやく私の方を見た。

「……全然知りませんでした。そんなことまで」

 かけ落ちしていた、だなんて。平凡な夫婦だと思っていたのに。
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