ひとまわり、それ以上の恋
◆15、恋する遺伝子
ひんやりとしたものが額に触れる。朦朧とする意識の中で瞼をうっすらと開くと、円香の姿が見えて、しばらくぶりの風邪のせいで夢か幻でも見ているのかと思った。
だが、キッチンの方ではいい香りがするし、しばらくすると包丁を刻む小気味のいい音が聞こえてくる。
六月九日……今日は金曜日。午前中に熱を測ったときは38度だった。昨晩から寒気が止まらなかったのはこのせいか。だるくて身体が思うように動かない。
オフィスに連絡を入れると『せっかくのお誕生日なのに……お大事にしてくださいね』と秘書から気遣われ、自分の誕生日であることに気づく。正直今はどうでもいい。とにかく横になっていたかった。昨晩の雨が祟ったのかもしれない。または……彼女を傷つけた報いだろうか。
今、カーテンが閉められている。一日寝ていたらしい。時刻は……十九時を示している。
昨日はというと、由美さんから電話をもらい、墓参りのお礼をしたいと言われた、数年前よく二人で会っていたイタリアンバール『Capricieux』で待ち合わせをした。
毎年、拓海さんの命日からしばらくすると、ちょうどこの頃に由美さんからお礼のハガキが送られてくることはあったが、直接会いたいと言われたことはなかったので、なんとなく円香のことじゃないかと僕は察していた。