ひとまわり、それ以上の恋
気まずくなったあの件は触れずに一週間ほど過ぎた。いつまで二人の間で誤魔化し続けられるだろう。彼女は気を遣っている。健気に我慢していることぐらい分かっている。
彼女が僕に投げかけた想いを、考え続けた。
『市ヶ谷さんは私をちゃんと見てないんです。私はちゃんと市ヶ谷さんを見てます。年の差なんて関係ないんです。娘だからだとか一目惚れがデジャブや錯覚だとか、そんな風に子ども騙しにしないで。大人になって欲しいっていうなら、ちゃんとした理由をください』
ちゃんとした理由を、彼女に伝えなくてはならない。
「円香」
「……はい」
彼女はびくっと反応する。いつから名前を呼ぶようになった。彼女はまだ慣れないらしい。ただよそよそしく菊池さん、というのは何かが違う気がして。無論、会社では別だけれど。
「その風邪が治ったら、祇園祭にいこう」
「………」
彼女の肩がびくりと震える。
――治ったら、祇園祭りに行こう。
拓海さんの声が聞こえた気がして、僕はハッとした。
「……ごめん、そういう意味じゃなく」
「ううん。いいんです……。絶対に連れていってくださいね。約束です」
細い指を差し出して彼女は言った。子供とするような指切りをさせられる。
彼女の声がほんのすこし弾んでいたような気がしたのは、僕の願望であったのかもしれない。
あれほど拒絶を繰り返していたくせに、僕はいつの間にか彼女に惹かれている自分を、見過ごせなくなってきていた。
由美さんの影ではない……彼女のことが恋しい、と確かに想っている自分を。