ひとまわり、それ以上の恋
宿に向かう途中で、古い喫茶店の前で立ち止まった。家屋はもう築八十年ぐらいはしているだろうという古い建物。隣にはお茶屋さんがあって、赤い傘が二つ、お抹茶とおだんごを食べている学生がいた。
「少し休憩していこうか」
「はい。今日は移動だけで終わりですし」
「ここ、君のお母さんが若い頃アルバイトしてたところなんだよ」
「え?」
「僕もよくここに来ていた。ハーブティの魔法を知ったのはここで」
市ヶ谷さんが目を細める。
マローブルーのことをよく知っていたのはそれでだったんだ。なんで母親にやきもち妬かないといけないんだろう。
「好き、だったんでしょう。だったら、どうして追わなかったんですか。追いかけたら叶ったかもしれないのに。そしたら違う未来だってあったかもしれないのに」
なんとなく分かった。市ケ谷さんが去るもの追わない理由が。追っても仕方ないことを知っているからだ。落胆した当時の彼を想像すると、胸が軋むように痛む。
「そしたら君はここにいないことになる。今、僕ともこうしていないよ。それでもいいの?」
「………」
「ごめん。いじわるだったね。君の言いたいことは分かけど、あの当時、僕はまだ中学生だった。なんの力があるわけでもない。初恋は初恋で終わるべきだった。再会した時には互いに三十越えていた。彼女は既婚者だ。僕が入る隙間なんてどこにもないぐらい幸せな二人だったよ」
「でも、父が亡くなってからはずっと一人で……再婚したってよかったのに、子どもに遠慮しているだけかもしれない。そうだとしたら?」
私の中でもやもやしていた言葉が次々に出ていってしまう。