ひとまわり、それ以上の恋

 私は返事ひとつ返せていただろうか。
 甘い綿菓子をほっぺたいっぱいになるまで頬張ったような、そんなふわふわとした気分で、私は副社長室を出た。
 
 秘書室に入ると、一番奥のデスクで、美羽さんが私を待っていてくれた。五人が向かい合って座れるようになっている広々としたデスク。今、半分くらいが空いている。これから会議なので忙しいみたいだ。

 さっき市ヶ谷さんに言われたことを思い出して彼女のお腹をよく見てみると、たしかにふっくらとしている。全体的に華奢なスタイルだからかあまり目立たないみたい。

「なんだか凄く話が長かったみたいだけど、大丈夫?」
 と真剣な顔で訊かれて、ふわふわの半熟卵みたいな脳みそに渇を入れる。

「はい。とても素敵な人ですよね。実は、入社説明会のときに一度お会いして……とても優しく接してくださったんです」

 桜の蕾が芽吹く頃、今思い出しても、淡いときめきが蘇ってくる。それから、さっき触れた指の感触も。まだドキドキしてる。

「ええ。副社長はとても優しいでしょう。でも……くれぐれも気をつけてね」
 言いづらそうに、美羽さんが周りを気にして声を潜める。
 気をつけて、ってどういう意味。あの鍵のことが、私の脳裏を掠める。





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