ひとまわり、それ以上の恋
「ううん、ごめんね。何でもないの。重役についたりすると、次々スケジュールを管理していかないといけないし、そのほかにも雑用がいっぱい。だから、時間配分には気をつけるようにしてね、っていう意味よ。基本的なことだけど、時計がない場所にいるときでも、自分で確認できるようにまめにチェックしておいてね」

 美羽さんはにこやかにそう言って、私の手元の時計に目を落とした。

「お兄さんにプレゼントしてもらったんでしょう? これから大活躍だもの、喜ぶわね」 

 それから美羽さんは、入社して三年目までは庶務課にいたことを教えてくれて、兄と同期なのだということを知った。私のことを妹だということは事前に知っていて、兄からよろしく頼むように言われていたそうだ。

 そんな美羽さんに親近感を抱いて、私の中にようやく周りを見る余裕が生まれてくる。

「これから一ヵ月はOJT研修を中心に、たとえば、スケジューリングとか、贈答品の発注の仕方とか、基本的なことを教えるわ。それから、上司のことをよく知ることも必要よ。それから、何か困ったことがあったら、必ず室長の森重さんに相談すること」

 私はメモをとりながら返事を一つ一つ返す。

 上司……副社長のこと。いつも秘書が起こしてくれていた、って言っていたけれど……と秘書課の皆を見渡した。一体、前任は誰だったのだろう。
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