ひとまわり、それ以上の恋
 私の心中を察してくれたのか、美羽さんは教えてくれた。

「実は、これから出産を控えていて、副社長についていてくれた峰岸《みねぎし》さんが、社長秘書をしてくれることになったの。私は産休に入る前に、菊池さんの教育係をさせてもらうことになったのよ」
 そっか、それでポストが空いたんだ。

「でも、重要なポストに新人の私が本当にいいんでしょうか。副社長の手前、なんだか聞けなくて……やっぱり不安です」

 役職者は色々だけど、重役フロア担当の、それも副社長つき秘書。考えれば考えるほど、他の秘書さんたちの視線が「なんであなたなんか」って言っているようで怖い。

「大丈夫よ。誰でも最初は不安になるもの。必ずサポートするから、心配しないで。一つずつ頑張っていきましょう」
 美羽さんにそう言われると、私の中で急速に芽生えた不安もなだめられていくから不思議だ。

 こういうやわらかい雰囲気だったり、心遣いのできるような女性になることも、秘書として必要なことなんだろうな。

 私もいつか美羽さんみたいになれるのかな……。
 秘書の仕事はたくさんある。華やかなイメージをもっていた私は、やらなきゃいけない雑用の多さに眩暈がした。

 それから、自分がいかに気の利かない人間なんだということも思い知らされた。常に重役をサポートしていく補佐的な役割……でも、それはどこまで必要なことなのだろう?

 ヒミツだと言ったり、秘書にそうしてもらっていた、と言ったり……どちらが本当なのだろう。

 もしこの鍵を持って行って尋ねて、本当にからかわれただけだと分かったら? まさかそこまで子供のような悪戯をするわけないよね。


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