ひとまわり、それ以上の恋
◆1、恋のお相手は
私が“二度目”に恋に落ちたのは、三月、桜の蕾が開きはじめる頃、入社説明会の日だった。
代官山にある本社オフィスに到着後、私、菊池円香《きくち ともか》は、一流企業を前にして、圧倒されていた。
ビルの外観はもちろん、ロビーの広さ、行き交う人は皆忙しそうで、ひとりまごついていた。
きょろきょろと目を動かし、やっとのことで説明会会場と書かれた案内を見つけた。
エレベーターに向かおうとして小走りで駆けていくと、誰かの肩にどんとぶつかった。
その拍子に脇に抱えていたクリアファイルが床に滑り落ち、中身を派手にばら撒いてしまった。
「ごめんなさい」
しっかり閉めたつもりでいたのに。
「いや、こちらこそ、ごめん」
慌てて拾おうとすると、相手も手伝ってくれて、ハイと私に手渡してくれた。
顔をあげると、彼はにこりと優しい微笑みをたたえていた。あまりにも素敵だったから、私は一瞬見惚れて声が出なかった。
すらりと伸びた背、やわらかそうな紅茶色の髪、貴族顔負けの甘い目元、整った鼻梁、おだやかな微笑み、年齢は亡くなった父ぐらい……だから四十近いくらい。
父が生きていたら、こんな雰囲気かもしれない。なんて、美化しすぎて天国にいる父が聞いたら、笑ってしまうかもしれない。