ひとまわり、それ以上の恋
 時計を確認して、そろそろとティーカップを口から引き離した市ヶ谷さんを見て、

 そういえば――と思い立つ。

「もし良かったら、移動の間にでもいいんです。見てもらえませんか?」

 デザインスケッチを朝もっていって、会話の種になったらいいと思っていた。唯一褒められたことだったから。

 そしたら、市ヶ谷さんはさっそく開いてしまった。

 パラパラと捲られたスケッチブック。
 市ヶ谷さんは真剣な表情で、デザインに目を落とした。

 急に仕事の顔つきになる彼を見て、緊張する。

「……どうですか」

 ごく、と喉を鳴らす音さえ、響いてしまいそうな静寂。
 だんだん自信がなくなってくる頃、おそるおそる声をかけると、彼はそうじゃない、と首を振る。

「すごいな。とても研究熱心だ。そう考えると、君を秘書に呼んでしまったことは、惜しかったかなとも思うけど……」

 と言葉を濁してから、私の方へふわりと微笑みかけた。

「なおさら君のことは手放せなくなりそうだ」

 市ヶ谷さんはそう言ってスケッチブックを私に戻した。

「今度から、1時間早くおいで」

 と付け加えて。



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