ひとまわり、それ以上の恋
◆5、あなたを知りたい
「気分転換に電車で行こうか」
私の涙をハンカチで拭いながら、市ヶ谷さんは言った。
普段はプライマリーで契約している役員車が出社時刻に迎えに来ることになっているけれど、朝食も外でとるつもりでいるんだし、と彼は私の手を引っ張った。
過剰なスキンシップではないし、拒む理由などもない。あたたかい彼の手に握られて、私の沈んだ心は、またふわふわと甘く浮かされて。さっきのことを何度も、後悔した。
ぴかぴかに磨かれた大理石の玄関にはお気に入りのプラダのパンプスが待ち構えていて、靴べらに手を伸ばそうとする彼を手伝ってから、私もそっと足を伸ばした。
「いい靴を履いているね。君にとっても似合うよ」
「ホントですか……?」
おずおずと窺うと、市ヶ谷さんは爽やかな笑みを見せた。
「ああ、控えめのリボンが可愛らしいし、ヒールのバランスが良い。脚のラインがキレイに見える」
褒め言葉がいやらしくなくイヤミなくさらりと言えるのは、四十近いからか、それとも貴族のような品格があるからか。
それとも、アパレルの一部として仕事の目線で褒めてくれたのかな。七センチヒールで頑張ってるの、子供みたいだって思ってるのかな?
嬉しいくせに……、そうやって素直に喜べない私がいる。
だって、分かるから。
彼は私に気を遣ってしまっている。そんな自分に、私は落ち込んでいたのだ。