ひとまわり、それ以上の恋
「まず九時半から会議があります。それから……十一時にリッテル社からお客様がお見えになります。午後からはデザイナーとの打ち合わせです」

 手帳とスマートフォンを照らし合わせて、 市ヶ谷さんに伝える。すると彼は予想外と言った顔をした。

 今週は、社長のスケジュールを何件か副社長と専務に割り振らせてもらうことにしたから、と美羽さんに言われていたんだっけ。

「社長のスケジュールの割り振りは、今に始まったことじゃないけどね。今日がデザイナーとの打ち合わせか。何時だったかな?」

「ごめんなさい。十四時……からです」

 頭の中にちゃんとインプットしないと、ダメだな。慣れるまで時間がかりそう。

「分かった、ありがとう。打ち合わせは長引きそうだから、アフタヌーンティは、また次の機会かな」

 市谷さんは笑って、紅茶に口づけた。

 私は、こんな風にしていられる時間を素直に楽しいと思っていてもいいの……?

 シフォンケーキにフォークをサクリと差し込みながら、市ヶ谷さんに抱きしめられた感覚を思い出していた。

 父親の代わりじゃなくて……女性として抱きしめられたら、どれだけ幸せなのだろう。

 優雅に見える朝も、実際はバタバタだ。十五分いたかどうか分からない。それからお店を出てすぐに私たちはプライマリー本社に向かった。

 前言撤回するタイミングなど、もうどこにもなかった。
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