ひとまわり、それ以上の恋

 市ヶ谷さんは顎に手をもっていき、何か考えるように私を観察してる。どうしよう、なんだか膝が震えてきた。

「嵯峨野さん、彼女にポージングは教えてあげた?」
「ええ、ほんの少し」
 嵯峨野さんがにっこり微笑む。
 え、というかカタログの話しかしていないんだけど。

「やってみて。付け心地とか、動いたときのフィット感とか、いろいろ試してみて。一応、サンプルを着てもらった販売員からの意見はいろいろ出てるんだけど、それにフィードバックする形にしていきたいんだ」

 どうしよう……待ってよ、どんなポーズ?  さっきの艶めかしく足を開いたり、誘うように半分唇を開いたり、胸の谷間に指を絡めて覗かせてみたり……!?

 市ヶ谷さんと嵯峨野さんの二人の視線が集まる。ますます私はかたくなって動けなかった。

 仕事だと分かっていても、どうしたらいいか本気で分からない。
 新人の極意よ、分からないことは何でも聞けっていうじゃない。知らぬは一生の恥だもの!

「言ってください……どんなポーズをとったらいいのか。そしたら私……やります」

 沈黙に耐えきれなくなって口を開く。そうよ、あーしろこーしろ言われた方がやりやすい。自分からポーズを決めるなんて勝手が分からない。
 そんな私の想いを余所に、逆に市ヶ谷さんから質問されてしまった。

「それを選んだのは君だよね? コンセプトが何か分かってる?」

 今身につけているシリーズの1作には『Pussycat Dolls』と刻印したタグが入っている。胸のカップを包むラインが猫の尻尾のように象られていてセクシーなのだ。

< 83 / 139 >

この作品をシェア

pagetop