ひとまわり、それ以上の恋
「可愛い子猫ちゃん。やっぱり誘うブラシリーズなんだったら、女の子から誘わないと〝一目惚れ〟してもらいたいんだったら、自信をもって」

 市ヶ谷さんが私に近づく。座って、と命じられてしゃがむと、それから手を差し出された。その手は床につけられて、私は自然と四つん這いになってしまう。

 バストメイクした胸元に重力がより、ますます谷間が強調される。すっと背筋を指先で撫でられてビクッと背が反った。

「ゴメン。気にしないで、そのまま上を向いて。今度はまっすぐこっちを見て」
 その声に誘われて、目の前にいる市ヶ谷さんと焦点が合う。

「あ、……」

 恥ずかしくなって頬に充血していく。だってなんて格好しているの、私……。

 仕事、仕事、集中して。おねがい……心臓の音、鳴り止んで。

 私の胸を寄せて集めてやさしく包んでくれるブラ。デザインだけじゃなくて機能性も確かめていくのよ。

 脳内の指令とは別の方から、低くて甘い命令が投じられ、マインドコントロールする暇もない。

「それから、少し脚をななめに崩して、左に重心をよせて」

 誘導されていくポージング。うねるように私の身体はやわらかく形を変えていく。

 市ヶ谷さんの視線は、私の胸元から離れない。
 グツグツグラグラと脳内が沸騰しそうになってる。
 なんかまるで、市ヶ谷さんの視線と声で……愛撫されてるみたいで。

「脚を開いて膝はとじたままでいい体勢を変えるよ。後ろに手をついて少し反らして」
「……ハイ」
「うん。キレイだ。いいよ、立って」

 やさしい眼差しが注がれて、私の胸が熱くなる。キレイだ、という甘い声が魔法のようにかけられて、ドキドキと高揚感に包まれていた。商品に対して満足している声だって分かっている。だけど、まるで私自身が認められたような錯覚に陥っていた。


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