ひとまわり、それ以上の恋
「……市ヶ谷さんが突き離すのは、私が新人だからですか?」

「そうだね。それに僕の遊び相手にするには、可愛すぎる年齢だ」

 遊び相手、という言葉を聞いて、胸の中心に冷たい刃が突き刺さる。私は……彼が本気になるような相手じゃない。

「じゃあ、いっそ私のこと……おろしてください。こんな風にいつ暴走するか分からないです。すごく……自分が恥ずかしいんです。ご迷惑ばかりおかけしてしまいます」

「……何も悪いことだとは言っていないよ。それに君を仕事のパートナーに選んだのは、君の才能に惹かれたからだ」

 市ヶ谷さんの口調はいつもの穏やかなものに戻っていた。それが、彼にとっては大したことじゃないと言われているようで、哀しかった。

「分かってます。私だって仕事として、ここにいるんです。でも、理屈じゃ……ないことだってあります。昨晩のこと、本当は……ショックでした。今日のことは本当にごめんなさい。反省します……」

 もう何を言っているのか分からない。


「菊池さん」

 まだ市ヶ谷さんは何かを言おうとしていたけど、堂々巡りになると思ったのだろう、彼は腕時計に目を止めた。

「タイムアップだね。出社しないと」
そうだ、こんなことしていられない。気持ちを切り替えないと。
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