蒼穹の誘惑
今浅野を苦しめているのは、みずきに利用されたという事実でも、父親からの圧力でもない。

目を瞑れば、みずきとのあの夜が鮮明に思い出された。

だが、それはみずきと高宮のキスシーンにすり替えられた。

浅野を幸福の絶頂からどん底へと突き落とした瞬間だった。

自分の中にこんな激情があったのかと驚くほど醜い嫉妬が沸き起こる。

彼女の腰に当たり前のように手を伸ばすあの男。そして自分には決して見せない、うっとりとした表情でキスに応えるみずき。


あの時のみずきの視界には彼以外入っていなかった。

僅か数メートル後方に立つ自分など全く気付く様子もなかった彼女-----

胸のムカつきに吐き気がするのは、父の吸った葉巻のせいではない。

嫉妬心に、高宮に対する憎悪に、胃液が逆流しそうになる。

「ダメだ、冷静にならなければ……」

ふと時計を見ると、みずきとの約束の時間まで15分もない。

浅野は頭を冷やすべく、冷たい水で顔を洗い、Tシャツの上からアルマーニのジャケットを羽織った。



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