蒼穹の誘惑
これ以上この場にいることはできなかった。

自分自身が報われない相手を想っているからこそ、今の浅野に嘘をつき、取り繕うことはできなかった。

「----今日は、帰ります」

頭を下げ、その場を去ろうとすると、浅野はみずきの細い身体を引き寄せ、力の限り抱きしめた。

「あ、浅野君-----?」

「あなたの身体はこんな簡単にも腕の中に抱きしめることができるのに、心は手に入らない……」

更に腕に力を籠められ、みずきは苦痛に身を攀じる。

「あなたが憎いです……」

怒気は含んだ声色にハッとした時は遅く、浅野はみずきをテーブルの上に押し倒した。

「……っ……浅野君、やめてっ……」

全身で抵抗するが、両腕を頭の上で押さえつけられ、浅野の体重がみずきの細い身体の上にのしかかる。

首筋に這わされたその指の冷たさに背筋が凍る思いがした。

その刹那、浅野は指にぎゅっと力を入れる。

思わずみずきは浅野を凝視するが、彼が本気なのだと悟った。



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