蒼穹の誘惑
(3)


緊張した面持ちでエレベーターを降りれば、高宮が待ち構えたように開かれたドアの前に立っていた。

「お待ちしておりました」

彼は頭を軽く下げ、みずきを社長室へと促す。

先週のことなど何もなかったような、完璧な秘書の態度だ。

細身のダークグレーのスーツは見るからに上質で、襟足の長い髪をなでつけることなく流しているせいか、一見ホストっぽく見えるが、ポールスミスのネクタイと目立ちすぎないパテックフィリップの腕時計が、やり手の営業マンのように見せている。

受付に座る秘書がいつも見惚れるように高宮を見つめるのも頷ける。

だが、自分は、先週の日曜日のようなラフな私服姿の方が好きだな、などとこんな時だというのに呑気なことを考えてしまう。

「どうされました?」

エレベーターの前で動かず、じっと高宮を見つめるみずきに、彼は眉根を寄せる。

この皮肉ったらしい顔ももう見れなくなるのかもしれない、そんな風に思うと、自然と笑みが零れた。

「いいえ、相変わらずいい男だなって見惚れていたのよ」

その静かな微笑に高宮の瞳がハッとするように開かれるが、一瞬でいつもの冷静な表情に戻る。

「あなたらしい」そう聞こえた気がする。その声に含まれた優しさに胸が小さく鳴ったが、あえてそれは無視することにした。



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