蒼穹の誘惑
シートに身体を預け、目を閉じる。

瞼に焼き付いて離れない、あの日の切なく濡れたみずきの瞳。

最後にと、重ねられた彼女の唇はかすかに震え、愛しさと切なさが嫌と言うほど伝わった。

あの時、去っていく彼女の腕を引いて抱きしめそうになった。

ニューヨークへ戻ると聞いたとき、ホッと安堵したと同時に、胸の中がぽっかり空いたような虚無感に襲われ、戸惑った。

この燻り続けている感情の正体が何なのか、気付きたくない自分がいる。

目を閉じたまま、再度自分が何をすべきか考える。

今まで様々な決断を下してきたが、迷ったことなど一度もなかった。

だからこそ大切なことに気付く-----

ゆっくり目を開けると、高宮は意を決したように、キーを回しエンジンをかける。

「往生際が悪いな、俺も……」

自嘲気味に呟き、ゆっくりギアを入れた。

迷った時点でもう答えは出ていた。

必要のないものであれば、最初から迷わなかった。

高宮は、何かふっ切れたように、アクセルを加速させ、目的地へとハンドルを切った。



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