雛結び
エプロンは外して、右脇に置いている。夜美は、ケーキは甘すぎるぐらいのものが好きだ。
私は甘すぎるのは苦手で、チョコレート系の甘さ控えめのものを選ぶことが多い。今日のオペラはその中では甘めの選択だ。
私はいつまでこうして特等席で夜美の嬉しそうな顔を観ていられるだろうか。
四月に高校に入学してから、夜美の視線の先に、同じ人がいることが多くなった。
夜美はみんなと分け隔てなく接するので、今までにはそういう事はなかった。気付いているのもきっと私ぐらい。
「甘酒飲んだら眠くなってきちゃったー」
 夜美は、あらかたケーキを片付けた後、そう言って横になった。
「制服皺になるよ。それに、食べて直ぐ寝ると牛になる」
 その牛もまた、夜美なわけだから可愛さは変わらないのだろうけど。
「モーモー。お腹空いたら起こして良いよー」
 私の方を向いて目を閉じて、そう言うと直ぐに寝息を立て始めた。夜美は昔から寝付きがいい。
私の正面の位置にある窓の外を見ると、白い欠片がまた、灰色の空の気まぐれのままにちらつき始めている。
私は、いつも通りに夜美の部屋に入ると、肌掛けを一枚押し入れから出してくる。夜美のお気に入りの、オレンジ色のやつだ。
炬燵に戻ってくると、私は夜美に肌掛けを掛けてやりながら、夜美の隣に潜り込む。
「ん、う」
 夜美はそんな言葉を漏らしながらも、起きる気配なく寝息を立て続ける。私はいつものように、夜美の胸に顔を埋める。
夜美の命の音が、耳に届く。この場所が私は一番安心して眠れるのだ。
お雛様の元、夜美の音と微かな白い欠片の音を聞きながら、私もまた夜美と同じ世界へと落ちていった。

 目が覚めると、夜美の胸の中、身動き取れない状態になっていた。
何だかいつもと違う。
いつもなら、私が起きた後、夜美を起こして、晩ご飯を作ってもらって二人か、もしくは帰ってきた夜美のお母さんと一緒に食べる。
なのに何故か、今日は身動きが取れない。何だか夜美の胸元にがっちりと捕まえられているような感覚がある。夜美の胸はそこまで大きくない筈なのにおかしい。
嬉しいけどおかしい、変な感じだ。
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