誰を信じる?(ショートショート)
 何を連想したのか、携帯に慎からメールが来ていたことを思い出した。溜息をついてから立ち上がって、リビングのテーブルに手を伸ばす。
「……」
 慎からは写メールが届いていた。タイトルも本文もない。しかし、愛車を最高の角度から撮らえた、と言いたいのがちゃんと分かる。
 綾乃は時間を確認し、更に、桜木の部屋のドアが閉まっているのを確認してから、電話の発信ボタンを押した。
「もしもし……慎ちゃん?」
「今はりっしんべんじゃないから」
「どっちでも同じじゃん」
「今はオフモードなんだよ。あ、写メ見てくれた?」
「いい車ですね」
 源氏名、慎。本名、小峰 伸。その通り、彼は夜の商売人だ。写メールのBMWも、その世界に入ってから自分で(ということにしておこう)買ったものである。
「で、何? 俺そろそろ仕事なんだけど……」
「あそっか、ごめん! あの、今度家、行っていい?」
「いいけど? あっ、悪い、キャッチ入ったから。また後でメールする」
 伸との会話はあっけなく途切れた。そうでなくても、年中携帯と過ごしているような、忙しい男だ。
 伸と知り合ったのは、もう6年も前のことになる。共通の友人と、3人でドライブに行ったのが始まりだ。その時彼は、まだ大学生だった。頭は良かったんだと思う。一流大学に入って、それとなく学業に励んではいたようだった。
 だが、あることがきっかけで、父親と大喧嘩をし、大学を中退した。共通の友人の話しによると、もともと、厳格な父親とはあまり仲が良くなかったようだった。
 で、なにがどうでホストになったのかはよく分からない。その時も彼は、夢だとか、ロマンだとか、たわごとを言っていて、事情をすんなり受け入れたのは、無知の綾乃くらいだった。
 しかし今になって、2千万円もする高級車を乗り回しているのだから、それほど間違った選択でもなかったのかもしれない。 
 それから数時間して、『明日の朝なら暇』という短い文書が受信された。 
 桜木がいる、部屋をちらりと見る。
 午前零時。物音もしないその小さな部屋で、君は一体何を思う?
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