月とバイオリン
「カノンは毎晩聴こえ続けていたのに、だんだんと私にはただの日常になっていたのね。初めの頃彼に感じていた悲しみの感情なんて、毎日にのみ込まれてしまっていた。あなたがあの窓を開いてカノンが聴こえるって言ったときにそれに気がついて、私とても――」

唇を噛む。

「とても、情けなかった。知りながら忘れていくなんて酷い。私にできることを、なぜ考えずに過ごしていたのか。毎日彼はそんな日々を送り続けていたのに」


「でも、ここに住む人たち全員の悲しみを一人で引き受けることなんてできないわ。ずっと誰かの悲しいことを考え続けているなんて無理よ。悲しいのねって思ってあげていて、思い出した時にはそこまで思ってあげたんだから、メアリーはいい人だと思うわ、私」
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