月とバイオリン
「ヴァイオリンが『カノン』を奏でるのが聞こえたの。それがとてもとてもきれいな音でね、もう耳が離せないくらい。でね、どんな人が弾いているのか気になっちゃって、それで行ってみたの。不思議なんだけど、窓を離れたら近づいているのに聞こえなくなったりするのよ。だけど、私、逃がしたりしないけど。もちろんよ」

「それで屋根にのぼったりしたの?」

「三階だったもの」

理由になっていない。

「どんな人だったの?」

「男の人。若い人だったわ」

「こりゃまたシェイクスピアじみてきましたね」

「それだけでおしまいなのよ。ジェラルドの期待にお応えできなくてごめんなさい」

「いやいや。他人様の恋に期待も希望もないです。お構いなくね、シェリーちゃん」

 やれやれ、と私は思う。ジェラルドに預けておいては、話は行ったり来たりを繰り返すだけだ。

「シェリーが寝不足なのは、シモンズのおじさまとお話が弾んでいるからだと思っていたのに。一人で外に出るなんて危ないわ。大丈夫だったの?」
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