月とバイオリン
言っていたこととずいぶんと違うではないか。さっきは私も騙されていた。

と考え、――騙されていたのは私だけだったのかもしれないと思い直す。

クリスもジェラルドも、物事の裏ばかり探す性質を持った人だから、あの時のシェリーの笑顔の奥の正解を、見抜いているという可能性は高い。

そう考えると出かけのジェラルドの言葉にも深い意味が見えそうだ。

なんてことのないいつもの一言かもしれないけれど。


 私はコージーを外し、ポットを持ち上げて、シェリーのカップに注ぎ足した。

ベルガモットの高い香りが、空気の中に満ちてゆく。

シェリーのついた息で湯気がふわりと持ち上がった。

思わず顔を見れば、複雑そうな表情である。不満そうな、とも言える。

「こんな気持ちになるのはおかしいわ。リースも聴いたらわかる、あの音はね、――おかしいのよ。なにかが押さえられて詰まってる。ただのカノンなんかじゃないわ」

「ただの、じゃないって、どういうこと?」

「きれいなのに」
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